銀の風

二章・惑える五英雄
―18話・長老達の不安―



一方その頃、セシル・ローザ・リディアもミシディアを訪れていた。
彼らは、ミシディアの神殿で、長老達と共に水のクリスタルの間に来ている。
クリスタルを通して、水の女神に感謝の意を送る儀式というものだ。
そこでは、ミシディアの国家とクリスタルをたたえる歌が歌われる。

優しき水の女神の元に
我らは従い尽くしましょう
永き魔法の歴史の中
最も輝く国として
邪悪を許さぬ正しき心
何にも揺るがぬ強い心
母なる女神への供物とし
常に自らに試練を課さんと
水のクリスタルに誓いを立てて
永遠の平和を誓いましょう

ああ美しき我らがミシディア
照らす光が絶えないことを

低く重い男性の声と、高く伸びやかな女性の声が入り混じり、
すばらしいハーモニーをかもしていた。
アカペラの旋律が、セシル達の心に深く染み渡る。
この歌は、儀式の前には必ずといっていいほど歌われるものだ。
愛する我が国への思いを歌い、
同時に魔道士としての心構えを再確認するために書かれたそうだ。
と、長老の付き人である魔道士が説明してくれた。
「きれいな歌だね……。」
リディアが、ポツリと呟く。
邪魔にならない程度の声の大きさで。
そばに立っていた二人が、それに同意して僅かに頷く。
それから程なく、この儀式のための歌が歌われる。
ここからが、山場である。
女性の魔道士だけが、クリスタルの前に立った。
高位の魔道士なのだろうか、豪華なローブを纏った壮年に近い女性達である。
「演奏の支度は整っておるか?」
ハープとフルートの奏者が、静かに頷いた。
たっぷりとした、神話の世界の住人が纏っているような薄物。
淡い水色のそれを纏った少女達は、水の女神の使いとも思える。
彼女達が、静かに楽器に指を走らせた。
歌が、始まる。

はるか高みにおわす
尊き水の女神様
何より深きあなた様の慈愛が
水に溶け込んで全てを癒しております
この地に生ける者らは
皆感謝していることでしょう
大地を潤す恵みの雨に
植物達が歓びに満ち溢れるように

クリスタルより送られし水の力
この世の隅々まで潤し
それを糧とする我らに大いなる至福を
はるか過去より与え続けてこられたあなた様
流れる小川のせせらぎのような
涼やかな御声
その御声は我らを導いて下さる
幾度我らはその御言葉で救われたでしょう

母なる海の大いなるうねりに乗せて
我らの感謝をお届けいたします
麗しく偉大なあなた様にとっては
何ともささやかでちっぽけな想いですが
どうかその御耳に届くことを

人界の我らと天界を繋ぐこのクリスタルが
あなた様の下に我らの言伝を届かん事を


歌が終わると、歌い手の女性達がクリスタルにひざまずき、祈りをささげた。
そして、すぐに長老達の後ろに下がって行く。
長老が、古代の言葉で呪文を唱え始める。
詠唱が進むと同時に、クリスタルに徐々に輝きが宿る。
やがて小さな輝きは大きな光に転じていく。
まばゆい水の輝きが、クリスタルルームを包み込んだ。
その間にも、長老は何かを囁いている。
やがて光は急速に収束していき、元の静かな空間へと戻る。
「……これで完了じゃ。」
短い儀式だが、各季節に一度行われる重要な儀式である。
これを行わなければ、水の恵みが絶えると信じられているのだ。
神々への感謝を示すのは、どの国でも変わらない。
「素晴らしい儀式でしたね。」
セシルが、穏やかな笑みを浮かべてそういった。
それは、勿論心からのものだ。
「それは良かった。さて、お前達は下がってよいぞ。」
長老もそれにつられて笑顔を見せると、
早々と側近以外の者を下がらせた。
ここから先は、実質的に国の長同士の話し合いとなるためだ。
「さて、セシル殿。親書に書いてあった件じゃが……。」
話を切り出したのは、長老の方からだった。
立ち話もなんだから。と、クリスタルルームの奥の間へ通される。
魔道士達が、あの戦いの終盤に祈りをささげた場所。
通称・祈りの間という。
「親書の件ですが、まずは召喚氏の件について話しましょうか?」
セシルの提案に、長老は同意した。
長老自身、リディア以外の召喚士について気になる点が多々あるのだろう。
「うむ、お話くだされ。」
セシルは、経緯を簡単に記しておいたメモをちらりと確認した。
それから軽く咳払いをして話し始める。
「ええ……召喚士と名乗る銀髪の少年が、
見慣れない召喚獣を連れてやってきたのはつい最近のことです。
彼は、魔法で隠されていた大陸にある故国・リアから来たと話していました。
それと、そこがルーン族の国とも。」
リディアを残し、この世界から召喚士は消えてしまった。
そう思っていたセシル達にとっては、
リディアが最後の生き残りという、悲しい立場から開放されたようでほっとしたのだが。
とはいえ、その時は未だに多くの疑問を抱えていたのも事実だ。
「なるほど。確かに、少し古い地図にはそれらしき大陸が残されておる。
そうだったの、カイゼル。」
カイゼルと呼ばれた黒魔道士の長・魔人の男性はすぐに地図を取り出した。
会談にそなえて、あらかじめ持ってきておいたのだろう。
祭壇の上に、それを広げた。
「ここが、魔法で隠されていたと思われる大陸です。
その少年の言葉が正しければ、この大陸から来たということになりますが……。」
カイゼルは、そういって口を濁した。
恐らく、最近は船が行ったことがないのだろう。
ミシディアの魔道士はどういうわけかあまり外に行かないためだろうか。
「バロンの南……。やはり、カインが行っていた場所に間違いなさそうです。
少年も大陸といっていましたし……。」
これ以外に、めぼしい場所はない。
実は、一度セシルは兵を視察にいかせたことがある。
もっとも、その時は荒らしにあって飛空艇が引き返してきてしまったが。
「後は、ルーン族ということですが……。
彼らは、もうとうにいなくなったはずなのですけれど……。」
導師の女性が、ふうとため息をつく。
「ところで長老、トロイアのあの塔のことですが……何か分かりましたか?」
トロイアのあの塔……ダークメタルタワー。
不吉な言葉だけを残した、塔の主と思われる者・ヴァルディムガル。
それらの謎は、未だとかれていない。
「わしらも最善を尽くしたのじゃが……。
いかんせん、力ある者達は長くこの地を離れることが出来ぬ。
仕方なしに、まだ修行を終えたばかりの者達だけを、トロイアに送った。
そして、トロイアの神官達や、現地の魔道士とも協力して調査を進めようとしたのじゃが……。
あの塔が発する暗黒エネルギーが凄まじくての。
皆倒れそうになって、ほうほうの体で帰ってくるしかなかったそうじゃ。」
それほどまでに、あの塔は恐ろしいのか。
再び青き星を脅かさんとする、謎の存在が持つ力。
もしかすれば、あの塔さえもその一端に過ぎないのかもしれない。
「そうですか……。」
セシルたちは、途方にくれたようにため息をつくしかなかった。
未だに分からぬ敵の正体。
こうする間にもあの塔の中で世界を混乱へ陥れる策略が練られている。
そう思うと、焦りばかりが募っていった。


それから2時間。じっくりと今後の調査法や対策について話し合った。
窓から外を見れば、もう日が沈んでいる。
「ともかく、もう日も暮れて来た。
そろそろ、お三方は泊まる部屋へとご案内いたそう。
カイゼル、世話係の魔道士を呼んできてくれんか?」
横の魔人に、恐らく外で待機している
「かしこまりました。」
恭しく礼をすると、そそくさと扉の向こうに消えていく。
入れ替わりに、まだ若い男の白魔道士が来た。
「さあ、五英雄の皆様はこちらに。」
長老達に挨拶を交わした後、
うながされるままに3人は彼の後ろについていく。
クリスタルルームを抜け、広間の脇にある通路に案内された。
歩きながら、リディアはその若い白魔道士に話しかける。
「ねえ、あなた名前はなんていうの?」
「ハンスと言います。見てのとおり白魔道士ですけど、
まだ修行を終えたばかりなんです。」
年が近いから親近感が沸くのだろうか。
リディアとハンスは、他愛のないお喋りを始めた。
結構気があったのだろう、
二人は、部屋に着いてからも話し込んでいる。
セシルとローザは、夫婦だけで今後の動きについて話し合っている最中だ。
「それで、大忙しなのよ。
まーったく、あの変な塔のせいで皆ちっとも休めないわ!」
話の種は、目下の問題であるダークメタルタワーのようだ。
「確かにそうですよね。
ミシディアでも、今大忙しです。
年間行事もこの時期集中しているから、相乗効果で倍増ですよ。
おまけに、あの女の影もちらついてるし……。」
ポツリと呟いた最後の言葉を、リディアは聞き逃さなかった。
「……聞きたいんですか?」
少々嫌そうに、ハンスは言った。
勿論、好奇心旺盛なリディアは聞きたくて仕方がなかった。
「ええ。ねぇ、もしよければ教えてくれる?」
浅いため息をついた後、彼は口を開いた。
「ミシディア……いや、代々のこの地の魔法国家に降りかかる災厄ですよ。
女の姿をした、冷酷で無慈悲な、存在自体忌むべき者です。」
重々しいその言葉に、話が終わってくつろごうとしていたセシルとローザが振り返った。
「一体、どういうことなの?」
平和主義者が多く、穏やかなミシディアの住人が苦々しくはき捨てるような存在。
それに、「代々」と言う言葉が気になる。
「気が遠くなるくらい昔から、
この地の魔法国家が絶頂期を迎えると、その中枢を消し去ってきたそうなんです。
力ある魔道士も、罪も無い女子供も、全て……。」
セシル達の脳裏に、禍々しい笑みを浮かべた妖婦の顔が浮かぶ。
すっと上げられた指先から、放たれる魔法。
中枢を失った国は、もはや機能しなくなるであろう。
その様は、想像に難くない。
「ひどいな……。だが、何故そんな事を……?」
意味もなく、長い間一つの場所に執着する事などしないだろう。
代々の国家というからには、相当な年月が過ぎる。
何か、よほど強い執着心でもなければそんな行動には及ばないだろう。
「それは、古い時代の資料が失われているのでわかりません。
けれど、その者が大量の尊い人命と、築き上げてきた文化を消し去ったのは事実なんです。
それだけじゃありません。
ミシディアから長い間力ある魔道士達が離れられないことも、
その者の仕業なんです……。」
セシルは、応援に駆けつけてくれたパロムとポロムに、後で会った事がある。
その時、二人は帰りの船で異様にくたびれきって、
やんちゃなパロムでさえも全く元気がなかったというのだ。
それどころか、長老を始め、実力者は皆生気がなかった。
そう、ポロムが語っていたのを思い出した。
「まさか、呪い・・?!」
ハンスは、深くうなづいた。
「長老様でも、決して解けない呪いです……。その者は……」
そう言いかけたハンスの体は、繋ぐはずの言葉をつむぐ前に両断された。
糸が切れた操り人形のように、ゆっくりと床に倒れこむ。
『……!!』
動かなくなったハンスの惨状におののくことなく、3人はとっさに身構えた。
それは、戦う者としての体がさせたことだ。
「何者だ!」
鋭い声でセシルが叫ぶ。
一拍間をおいて、ハンスの体から砂色と白の粒子があふれ出てきた。
ザァァっと音を立てるそれは、緩やかに一つ所へと集まってくる。
やがて、それは女の姿をした実体が不確かな化け物の姿に変じた。
淡い茶と黄緑が斑状に混じった髪をもった、薄絹を纏った美女。
しかし、その下半身は粒子と同化しており、明らかに異形のものであった。
「ホホホホホ……ようやく気がついたようね、五英雄。でも、もう遅かったよ。
今、口を滑らせかけて死んだこいつと同じようにねぇ。」
高笑いさえ浮かべながら、魔物はそう言い放った。
「何ですって?!」
「どういうことなの!!」
すでに、ローザは弓矢を構えている。
つがえたその矢は、いつでも魔物を貫けるだろう。
リディアはすでに、幻獣を呼ぶ詠唱に入った。
「そんな風に虚勢を張っても無駄さ。」
魔物がそう言い放ってすぐ。
リディアが突然詠唱をやめてしまった。
「幻獣の存在が……感じられない……?!」
リディアの顔から、一気に血の気が引いた。
詠唱の間呼びかけていた幻獣の存在が感じ取れないということは、対象の幻獣の消滅ともう一つ。
召喚士の能力が何らかの形で失われた場合だ。
「あなた、リディアに何をしたの!!答えなさい!!」
ローザが叫ぶと同時に矢を射る。
しかし、魔物に難なくかわされた。その部分だけを、瞬間的に粒子に変えたのだ。
「お前達最高の特技は、もう使うことは出来ない。
そういえば、分かるだろう?」
艶めいた笑みは、何処か勝ち誇っているかのようにさえ見える。
セシル達を少しでも恐れている節は、先ほどから全く見受けられない。
「何だと……!!」
ディフェンダーを握る右手に、汗が浮かぶ。
「もはや、その女二人は無力な赤子同然。
さあ、3人まとめて消えてもらおうか!!」
セシルが即座にローザとリディアの前に割り込んだ。
魔物の周りに、粒子の渦が現れた。
凄まじい速度で回転するそれの規模は、部屋を覆いつくすほど。
「!!!」
狭い室内では、到底かわせはしないだろう。
当たればただですまないの事は、想像に難くない。
だが、セシルは決してそこから退く事はないだろう。今退けば、どうなるか位想像に難くない。
「戯言はそこまでにしてもらおうか。」
粒子の渦が、瞬時にその勢いを失う。
全員が振り向いた先には、一人の男がいた。
「兄さん!」
黒い甲冑を纏った、麗しい青みがかった薄紫の髪の男。
セシルの10離れた兄・ゴルベーザ。
伯父のフースーヤ共々、月に帰ったはずなのだが。
しかし、いまはそのような事を気にしている場合ではない。
「ち・・まぁ情報も手に入れたことだし……せいぜい策を練り直すんだね。」
分が悪くなったと感じたのか、苦々しい顔で魔物は舌打ちした。
「待て!」
セシルがディフェンダーを振り下ろすと同時に、
再び魔物は粒子と化してそのまま何処かへ消えてしまった。
後には、ハンスの亡骸だけが残される。
「……もう、この人に復活の見込みはないわ。
可哀想だけれど……長老に弔ってもらいましょう。」
体は魔法でならば修復できる。
しかし、入るべき魂はいまや消えてしまっていた。もはや甦る事はかなわない。
恐らく、ハンスが死んだ直前に魂を喰らったのだろう。
何とむごいことか。
「助けてあげられなくて、ごめんね。」
そういって、リディアはハンスの傍に花瓶の花を供えた。
何も知らずに死んでいった、若者を救えなかった償いとして。
セシルもまた、彼の顔に持っていた白いハンカチをかぶせた。
儀礼のように剣を自らの前に構え、祈りをささげる。
一方のゴルベーザは、一人何か考えにふけり始めた。
「あんちゃん!」
バンッと勢いよく扉を開け、入ってきた二つの小さな影。
セシルがかつてこの地で会った双子の天才魔道士・パロムとポロム。
走ってきたのだろう、二人は息を切らしていた。
「ハンスさんが、亡くなったって……本当でしょうか!?」
ポロムの問いに、その場にいた二人はただ頷くしかなかった。
「そんな……。」
目に一杯涙をため、ぺたんと座り込んでぼろぼろと涙をこぼす。
同じ白魔道士。きっと親しくしていたのだろう。
遊んでもらったり、慰めてもらったこともあるに違いない。
「なぁ、あんちゃん!何でハンスを助けてくれなかったんだよ?!
何でハンスが死ななきゃいけなかったんだよー!」
嗚咽をあげて泣く双子の片割れには、パロムは何も言わなかった。
悲しみは二人とも同じ。彼はただ、男の意地で泣きたくても泣けないのだ。
やがて、長老とローザがやってきた。
「パロム、ポロム。通してくれんかの?」
入り口を塞ぐ格好になっていた双子は、慌てて横にずれた。
長老は、ゆっくりとハンスのそばに近寄る。
そして、その亡骸の前にひざまずいた。
「汝、水のクリスタルの導きの元に冥神の元へ参るがよい。
そして、来世に大いなる幸があらん事を……。」
布越しの額に置かれた手から、暖かい波動が放たれる。
死者が迷わず冥界へたどり着くように、その体に施される一種の呪術だ。
それから、持ってきていた大きな白い布ですっぽりと包み込む。
後で、埋葬のために別の場所に移すのだろう。
「申し訳ありません……私達が魔物に気がつかなかったばっかりに……。」
セシルが、沈鬱な表情でそう詫びる。
だが、長老は首を横に振った。
「いや、わしにも責任はあるだろう。
あの時すでに、魔物は取り付いておったはず。
気がつけなかったのは、わしの責任でもあるのじゃから。」
それから、長老は少し離れた位置にいたゴルベーザに気がつく。
長老はわずかに目を見開き、驚いたようだった。
「お主は……・。」
双子もゴルベーザの存在に気がつき、表情を硬くした。
無理なからぬことである。
「お察しのとおり、私はゴルベーザです。
あの折の事で、さぞ不愉快でしょう……。
ですが、今だけはこの場にいることをお許しください。」
あの時の戦いの遺恨や被害は、まだ各地に色濃く残っている。
わずか半年では、復興しきっていない場所も多い。
ミシディアに限らず、ゴルベーザは数々の災厄を世界にもたらしていた。
己の意思ではなかったとはいえ、それは各地の民の心を今も苦しめている。
無論、彼自身も。
「……過ぎたことは仕方がない。
それよりも、わしらの前に現れた理由をお聞かせ願いたいのじゃが……。」
長老は、深い慈悲をたたえた目でそう告げた。
まだ暗黒騎士だったセシルが、再びこの地を訪れた時に向けた眼差しだ。
「ええ、勿論お聞かせいたします。ですが、場所を移した方がよろしいのではないでしょうか。」
確かに、お世辞にも話し合いにふさわしいとはいえない環境である。
死人が出たというだけでも十分すぎるほどだが、
流砂の渦に巻き込まれて引きちぎられたベッドカバーに、転倒した調度品。
止めは、激しく損傷した壁や床。
「それもそうじゃ。じゃが、わしはここを他のものと共に清めなければいかん。
それが済んでからになってしまうが……、かまわんかの?」
「ええ、かまいません。」
ゴルベーザの紳士的な振る舞いに、長老はほっとしたような様子を見せた。
後から、続々魔道士などの多数の人間が入ってくる。
これから、色々しなければいけない事があるのだ。
「パロム、ポロム。」
「は、はい!」
ようやく泣き止んだポロムが、慌てて返事を返す。
当然、目は真っ赤だ。
「案内人もつけず、まことに申し訳ないのじゃが……
セシル殿たちは、この廊下の奥にある部屋で待っていてくれんかの?」
客人に失礼とは承知しているものの、皆それどころではない。
手が開いているのは双子だけだが、まだ気持ちの整理がつかないのにそれは酷だ。
セシルたちも、それは分かる。
「いえ、お気になさらないで下さい。それでは、先に参りますから。」
ローザがそういって長老に一礼したのち、4人は部屋を出た。
突き当りの部屋はすぐそこで、迷うこともない。
ここもまた、高貴な客人のために用意される部屋の一つである。
今回は客人を迎える支度が特にされていたわけではないが、
きちんと掃除が行き届いている。
早々に室内に入り、まずは室内に手荷物だけを下ろす事にした。
それほど持っているわけでもなかったが、今日はもう外へ行く用事も無い。
財布や手持ちの応急手当の薬などを、チェストにしまいこむ。
もっとも、まだ防具を外すわけには行かないが。
「ねぇ、兄さん……。」
セシルが、わずかに声を潜める。
別に聞かれて困るようなことではないが、癖のようだ。
壁にもたれているゴルベーザが、顔を上げた。
「私がここに来た訳の事だろう?」
そうだと答える代わりに、セシルは軽くうなずいた。
「わかった。長老達が来る前に、先にお前達に話しておこう。」
少し離れて、相談事をしていた女性二人を呼ぶ。
やはり、ゴルベーザもあの塔について何か感じたことがあるのだろうか。
それとも、他の何かなのか。彼の言葉を、3人は待っている。



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今回は、セシル達サイドで一話書きました。ハンス君、出たばっかりで殺してごめんなさい。
ちなみに、セシルの一人称が「僕」ではなく「私」なのは、
他国のトップと話すときどっち使っていたか思い出せないので(汗
そして……兄上、双子御登場。何だか展開が忙しいです。
よく考えると、ヴァルディムガルとガルディルヴィスって、語感が似ているような……。